トランプの壁は、メキシコ人と言う外敵の侵入からアメリカを守れるか?

2017年1月20日に第45代アメリカ合衆国大統領に就任したドナルド・トランプ氏は、大統領選挙運動期間中に、アメリカとメキシコの国境に壁を建設し、メキシコからの不法入国者と麻薬の流入を防ぐ、と公約していた。理由は彼らがアメリカで窃盗、殺人や婦女暴行、その他多くの事件を起こしているからである。

にもかかわらず、大統領就任直前の1月11日の演説の中で、メキシコ及びその国民について、下記の如く述べている。

“Mexico has been so nice, so nice. I respect the government of Mexico. I respect the people of Mexico. I love the people of Mexico. I have many people from Mexico working for me. They’re phenomenal people.”

日本に翻訳すると、

「メキシコは素晴らしい、たいへんすばらしい。私はメキシコ政府を尊敬している。またメキシコ人も尊敬している。私は彼らが大好きである。私のために多くのメキシコ人が働いてくれた。彼らは称賛すべき人々である。」

この部分だけを読んでみれば、イヤハヤ、トランプ氏のたいへんなお褒めの言葉である。浅学ながらメキシコやその国民をこんなに「ヨイショ!」した外国の元首を筆者は知らない。ペニャ・ニエトメキシコ大統領も誇りに思うより、さぞかしこそばかゆい思いをしたであろう。

彼は、この発言の少し前に記者団の国境間に壁の建設する質問に対して、次の如く答えている。

“We’re going to build a wall. I could wait about a year-and-a-half until we finish our negotiations with Mexico, which will start immediately after we get to office, but I don’t want to wait.”
「我々は壁は作る。私が大統領に就任したら直ちにメキシコと交渉に入り終了までの1年半くらいは待てるかもしれない。イヤ待ちたくない。(すぐにつくりたい。)」

“I say who is going to pay for the wall? And they will scream out, “Mexico.”
「誰が壁の建設費用を払うのかと私が聞けば、皆(アメリカ人)は『メキシコだ』と叫び声をあげるよ。」

超大国の大統領が他国民を小ばかにした程度の低い褒め殺しである。

メキシコの有力新聞エクセルシオールの報道では、

Peña Nieto responde a Trump ‘ Tenemos diferencias con EU, como el muro que no vamos a pagar.‘
「ペニャ・ニエト大統領はトランプ氏に『我々はアメリカとは違う。壁の代金は支払わない』と回答している。」

現在の両国の国境線は3,200キロメーターの距離であり、日本の北端から南端までの距離に相当する。内約三分の二はリオ・グランデ川が境となっている。すでに両国の間には約1000キロメーターにわたりフェンスが張られている。

左下の写真ではフェンスの左側がアメリカ、右側がメキシコであり、その差は歴然としている。このフェンスをよじ登ったり、壊して密入国する人々が多い。

またリオ・グランデ渡河は乾季ならば、右下の写真の如くパンツ一つで可能である。このような人々をスペイン語で“Espalda mojada”(英語で”Wet back”)日本語訳は「背中が濡れた者」で現在は密入国者は皆このように呼ばれている。

年間100万人くらいの密入国者がいると言われているが、その半数は国境警備隊に捉えられている。また国境周辺の大部分は砂漠や山谷の険しい場所であり、命を落とすものも決して少なくない。

メキシコとアメリカの歴史的領土問題

なぜメキシコ人(その他の中南米諸国の人々を合わせて「ヒスパニック」と呼ぶ)は密入国するのか。この疑問への回答は両国の歴史を少々知る必要がある。

メキシコがスペインの植民地時代にはヌエバ・イスパニャ(日本語訳で「新スペイン」)と呼ばれ、スペインから副王が派遣されて、現在のメキシコ市を首都と定め全国土を統治していた。 

その当時のヌエバ・イスパニャ領土には、右の地図の肌色の地域も含まれていた。つまり現在のカリフォルニア・ネバダ・ユタ・アリゾナ・ニューメキシコ・テキサス及びコロラドの約半分強の7州である。その面積約200万平方キロメートルでメキシコの現国土195万平方キロメートルの倍以上の広さである。また現在のアメリカ領土の約1/5弱に相当する。メキシコは10年近い宗主国スペインと独立戦争の結果、1821年に独立国家となった。当時この広大な地域にはすでにメキシコ人たちが入植しており、スペイン語やメキシコ文化が浸透していた。

一方アメリカでは、諸々の植民地形態であった13州が結束して、1776年にイギリスからの独立を宣言した。新生アメリカの国是の一つが、アメリカ大陸の太平洋西海岸までの領土拡大であった。いわゆる「西部開拓」である。

ところがここで邪魔になるのが北部メキシコ領である。アメリカ政府は何とかそれを巻き上げようと考えた。独立したばかりのメキシコ政府も北部までの統治や開拓に手が届かなかった。そこで1821年にテキサス州にアメリカ人とその家族の入植を許可した。これが後世に重大な影響を与えるとんでもない大間違いであった。

アメリカ政府は多数のアメリカ人を入植させ、武器を渡し独立運動を扇動し、テキサス革命と称して独立を裏から扇動した。メキシコは軍隊を派遣したが、入植者が勝利しテキサス共和国が建国された。その後直ちにアメリカに吸収合併され、「テキサス州」となった。

右の絵図の激戦地アラモの砦では、テキサス兵やデビー・クロケットなど百数十名全員が戦死した。アメリカは彼らを英雄とみなし、砦の司令官サミエル・ヒューストンの名前をテキサス州最大の都市名として永久に残した。領土奪還で攻めたメキシコ軍を悪者扱いにした映画や小説さらに歌なども作られ、無知なアメリカ人の愛国心を鼓舞する好材料とされたのである。

次はメキシコとテキサス州との国境設定問題でまたアメリカが1846年に米墨戦争を勃発させ、メキシコに勝利し、太平洋岸まで領土を拡大した。最後は当時のメキシコ大統領に裏金を払い、残りの内陸部の土地を二束三文で割譲させ、アメリカ領土としてリオ・グランデ以北の国土拡張に成功した。

この戦争中に首都メキシコ市が一時アメリカ軍に占領される屈辱的な敗北を喫した。結果としてメキシコの領土はアメリカの強奪によりリオ・グランデ以南にまで減らされた。以後メキシコ人の心の奥には反米感情のしこりが残り、壊れぬDNAとして現在まで引き継がれている。

なぜメキシコ人はアメリカに密入国するのか

人間には理性的思考と感情的思考の二通りがある。愛国主義的な事柄になると国民は感情的な思考に支配されやすい。歴史的に見れば戦争の大半は領土拡張、すなわち国境線の拡大である。隣国と国境線問題で戦争や紛争を経験しなかった国はないと言っても良い。

ましてやメキシコ人にとって、メキシコの国家主権下にありその国民が居住している土地を、アメリカの帝国主義的な軍事力と不当な政治力によって一方的に奪われたことは、感情的に承知し難い深刻な問題である。彼らの理論では「リオ・グランデを渡って自分たちの国に入ることがなぜ悪い」という思いが常にある。無論その対岸には「富の獲得の大きなチャンスもある」との現実的な考え方が彼らを大きく支配していることも間違いない。

メキシコのみならず中南米諸国では「法律は破る目的のために存在する」と皮肉混じりに言われる。つまり国家の権威に反抗し下げおろすことが英雄的行為とみなされることがよくある。

この理論に従えば、「アメリカが勝手にメキシコ領土を侵略し、勝手に国境線を設定したものである。ゆえに勝手に自分たちの領土に行く権利がある。アメリカがそれを阻止することこそ不当である」との自然発生的な感情論の三段論法が彼らの先に立つ。

ましてやトランプが選挙運動中に言い放ったことは、プライドの高いメキシコ人には決して看過できることではない。世界中にメキシコ人の恥をかかせ笑いものにしたとの憤怒が反米主義を増幅させる。

アメリカで10年ごとに行われる人口調査2010年版によれば全人口は3億8百万人、内白人が約1億7千万人、ヒスパニック系(中南米系)が5000万人で内6割すなわち約3000万人がメキシコ系である。現在のメキシコの人口が約1億2千万人である。この二つの数字を見てみると、メキシコ国民の多くはアメリカに親戚もしくは友人を持っていても不思議ではない。

理論的にはメキシコ人がアメリカに無事入国すれば、頼るべき人が存在すると言うことになる。国境沿い町ではヒスパニック系が人口の大半を占め、スペイン語は不自由なく通用するし、街の景観などもメキシコとあまり変わらない。

親戚や友人の家には気軽に泊まれるし、仕事も紹介してもくれる。彼らのネットワークやコミュニティーの発達は恐るべきもので、友達の友達の友達を頼ってアメリカ中を歩き回ることができ、行く先々で贅沢言わなければ何かの仕事にもありつける。無論不法入国者は決して良い仕事には就けない、法定最低賃金以下の職場しかない。それでもメキシコの最低日給賃金4ドルよりはるかにましである。こうして得た収入をメキシコの家族に送金するのである。

歴史を振り返れば、彼らの500年前の父親はスペインからメキシコに危険な大西洋を横断して財宝探しに命がけで来た「冒険野郎」である。そして先住民女性との間に生まれたのがメキシコ人である。祖先の冒険に比較すれば米国侵入はいとも簡単と考えているふしもある。

メキシコいじめはアメリカ社会に不安をもたらす

トランプ氏にとっては、メキシコ国内だけで反米主義運動が広がっても、アメリカはあまり困らないとイージーに考えているかもしれない。ところがことはそんなに簡単ではない。

アメリカ側に住むメキシコ系アメリカ人たちは、常に精神的に祖国・母国と強い精神的絆で結ばれている。アメリカがメキシコいじめをすれば、3000万のメキシコ系住民は決して黙って見過ごしてはいない。

上の写真は不法移民取締り強化反対のデモ行進であるが、メキシコ国旗を先頭に堂々とアメリカ政府に対して抗議デモで街中を練り歩く。それほどまでに強いアイデンティティーを持ち、誇り高く自己主張をするのである。

メキシコを政治的に安易に無視できないことは、彼らの憲法は社会主義的精神を含有していることである。そのために歴代のアメリカ政府は思想的には腫れ物に触るようにメキシコ政府に接していた。良い例としてアメリカの圧力で全中南米諸国がキューバと国交断絶していたが、メキシコは頑として応じず、外交関係を保持し続け、アメリカも黙認してきたケースがある。理由はすでに述べたごとく米国内でメキシコ人を中心とした社会不安の発生を恐れたことも一つである。

トランプの壁建設、不法移民取締り強化、北米自由共同体の見直し等の政策発表により、メキシコ国民の間に強い反米感情が生まれつつある、と同地のマスコミは報道している。現職大統領は中道派であるが、この状態がエスカレートすれば来年の大統領選挙では左派系の大統領誕生にもなりかねない。

それだけではすまない。この壁の建設は人的交流、政治・経済・文化などあらゆる分野でアメリカと全中南米諸国を分断する精神的シンボルとなるおそれがある。壁の建設で中南米諸国の国民は反米主義を掲げ、反米・社会主義政府が各国に誕生し、団結する可能性も否定できない。

日本ではほとんど知られていないが、アメリカ政府の伝統的最重要な外交政策は中南米諸国との協調である。トランプの壁はアメリカを歴代の外交関係を一気に瓦解させ、アメリカを完全に孤立化させ、国内ではヒスパニックたちが引き起こす反トランプ運動が大きな社会不安を生み出す要因ともなりかねないのである。

現代版万里の長城 ”Trump Wall”

今やニューヨーク市の観光スポットとなった68階建てトランプ・タワー。同氏の家族は最上階に住むと言われている。不動産王である彼のライフワークとして、今度は世界最長の壁を造り、世界史にその名を大統領として留めたく思っているに違いない。

まともなメキシコ人ならば、Trump Wall は冒頭の地図で示した両国の1800年代の旧国境に建設すべきと主張し、肌色地域はメキシコへの返還が当然と考えるであろう。。

恐らくトランプは現在の両国の国境に、中国の万里の長城に負けない立派なコンクリートの壁を造るつもりであろう。広大な砂漠地帯、万丈の山 千仞の谷が連連する長さ3200キロメーター、高さ12メートルで、建設費は日本円で3兆円から4兆5千億円と試算されており、世紀の大工事となろう。

大統領は就任早々壁建設の命令を出している。在任中の4年弱の間ではとても無理(彼は2期8年を公言しているが)、任期終了に途中放棄の可能性も大きい。そうなればドンキホーテ的誇大妄想に多額の税金を投入した結果、壁は無残な廃墟と化し、滑稽な姿を永久にのこし、歴史的観光スポットの少ないアメリカにとり名物となるかもしれない。その結果トランプ氏は世界史上最も喜劇的な大統領として永久に名を残すことになろう。

今日のIT時代に壁や海の国境などで密入国を防いでも何の役にも立たない。国境に巨大な壁が完成されても「悪知恵?」の働くことでは世界に類を見ないメキシコ人のこと、我々の及ばない奇想天外な方法で乗り越えて、己が領土に入っていくに違いない。4年後の結果を楽しみに見てみよう。

(注:本稿は2017年2月10日までのアメリカ大統領の言動に基づいて作成したものである。)