ブラジル・サンパウロでの15年間

本稿は、サンパウロ市の思い出、エピソード、伝えたい事、というテーマでまとめました。

自動車会社の技術者として欧・米・アジアは何度か出張し知っていましたが、サンパウロは?、全く知りませんでした。しかし2013年に帰国するまで約15年間、サンパウロで初めての海外生活を送り、今ではすっかりこの都市のファンでエキスパートです。

今振り返り全く知らなかったことが懐かしく思い出されます。

1.サンパウロ市とは? 南半球最大のメガシティ、ブラジル経済の中心

林立する高層ビル ヘリから筆者撮影
(屋外広告はありません!!)

赴任前は日本人移民の多さ、サッカー、常夏のイメージしかありませんでしたが。赴任して一番の驚きは、「南半球最大のメガシティで、南半球で人口、経済も第一位の都市」だということでした。今回は最近のデータを紹介しますが、赴任当時もブラジルはほぼ同程度でした。

(1)都市人口

(周辺都市部を含む都市圏人口、国連 The Worlds Cities in 2016)

1位 東京(首都圏)3,814万人
2位 デリー
3位 上海
4位 ムンバイ
5位 サンパウロ 2,130万人
6位 北京
8位 大阪(近畿圏)2,034万人
10位 ニューヨーク 1,860万人

皆さんご存じの世界の大都市が並んでいますが、サンパウロは第5位です。

(2)気候  

南回帰線の真下に位置し、ちなみに北回帰線の真下は台湾中央部です。

標高は800mで日本の軽井沢のイメージです。平均気温は最高(2月)28℃、最低(7月)12℃です。ちなみに名古屋市は最高33℃、最低1℃です。高地で湿度も低く日本人にとって快適な気候です。日本人移民が多い一因とも言われています

(3)経済

サンパウロ市のGDPは22兆円、それに対して、東京都 94兆円、大阪市 19兆円、名古屋市 12兆円。どの程度の経済規模なのか理解していただけます。本国のポルトガル、そしてベトナム一国と同程度のGDPです。

ちなみにブラジルは世界9位の大国、サンパウロ州(65兆円)は世界の国の21位相当、オランダ、スイス、サウジアラビアの次です。日本人にとって自動車産業の関係でなじみの深いタイは44兆円です。

私が赴任した当時、ブラジル26州の一つであるサンパウロ州は、その経済規模で、「サンパウロ州は一つの国だ!」とも言われていました。

2.サンパウロ市のエピソード

(1)「美観条例」2007年1月より施行、屋外広告一切禁止

それまでも屋外広告は規制されていましたが、この条例によって屋外広告が全面的に禁止されました。違反した場合は高額の罰金を支払うことになります。このように市全体での禁止は世界でも稀とのこと。都市部から田舎まで至る所に屋外広告の溢れている日本と比較して″そこまで禁止するのか!″と正直かなりの驚愕でした。

2010年南アフリカワールドカップはブラジル全国で盛り上がりましたが、ここサンパウロ市は屋外に、「ブラジルセレソン(サッカー代表チーム)頑張れ。6度目の優勝を!」等の垂れ幕や飾りも全くなく、″これがサッカー王国ブラジルの応援か?″とびっくりするほど、屋外には何もありませんでした。そしてパブリックビューイングもありません。その分レストラン、あるいはテレビ、インターネット、新聞中心で人々(サンパウロの住人はパウリスターノと呼ばれる)は楽しんでいました。残念なことにブラジルは準々決勝で敗退しました。

Itau(銀行)の看板と右には電光時計 
えんじ色のホテル屋上にはヘリポートが設置

右の写真はItau銀行の宣伝看板で、その右には電光時計がありました。よく目立ち電光時計は重宝されていましたが、結局両方とも撤去されました。えんじ色のホテルの屋上にはヘリポート(青色)が設置されており、ヘリから筆者がこの写真を撮影し直後にそのヘリポートに無事着陸しました。

海外からサンパウロ、そしてブラジルを訪問される方の多くが到着されるサンパウロ国際空港は市外(グアルーリョス市)にありこの厳しい条例の適用外です。

(2)ヘリコプター、ヘリポートの多さ、 送電線への規制、配慮がされている

サンパウロ市内の朝夕の交通渋滞は最悪で、遭遇している人がその時間分働けば、GDPはもっとアップするのに、と渋滞中の車中でたびたび考えさせられました。

2009年には個人所有のヘリコプターとヘリポートの数が世界一になりました。主要国のヘリ保有台数は、アメリカ(18,000機)、ロシア(4,000機)、カナダ(2,600機)に続いてブラジルは4位2,100機、日本は9位1,500機です。

日本からのVIPには車の渋滞を避け効率よく目的地を訪問し、またサンパウロを空から見学していただくためヘリをよく使いました。そして天候急変時を考慮したバックアッププラン作成は大変でした。

郊外の道路上の送電線に取付けられた球体とメンテナンス作業中の作業員

航行安全のため送電線への規制、配慮もされていました。市内では送電線は地中、郊外の高速道路を横切る送電線にはサッカーボールのような球体を取付けています。日本からの出張者が、「送電線にサッカーボールがついているが、さすがサッカー王国ブラジル。何のため?」との質問をよく受けました。航空機、ヘリの緊急時の高速道路への着陸も考慮され、航空障害標識として設置されています。

日本では送電線が地上、海上、山林に張り巡らされ、細心の注意をはらっても安全運航は厳しい状況にあり、送電線接触事故も発生しています。日本の国交省航空局の規制では、送電線に50cm以上の球形の標示物の取付けも対策の一つのオプションです。

しかし日本では雪が降り球体の周りに氷塊ができ、取付け部の強度あるいは氷塊が落下して危険なため採用は難しいとの事でした。写真は送電線に取付けられた球体の検査・メンテナンス作業中の作業員と球体の写真です。

3.とくに思い出に残るエピソード

(1)2002年日韓合同ワールドカップ ブラジル5度目の優勝

優勝を祝福! 中央が筆者

もともとサッカーファンでしたが、これを契機に大のサッカーファンとなりました。

日本との時差は12時間です。この年のブラジルの前評判は期待薄でしたが、勝ち進み10時過ぎにブラジルが2対0でドイツを破り5回目の優勝でした。早速サンパウロ一番のメイン通りパウリスタ通りに皆が一斉に集まってきました。色々な国、人種、文化の人々が一体となり、優勝の素晴らしさを存分に堪能したことは、強烈な思い出です。

(2)ポルトガル語との出会い 日本語を見直す良い契機でした

南米ではブラジル一国のみがポルトガル語です。ポルトガル語を学び、英語のときには考えなかった日本語を見直す良い機会となりました。

初めての驚きはクリスマス、サンタクロースで、ポルトガル語ではそれぞれナタウ(Natal)、パパイノエル(Papai Noel)だった事でした。初めて違うことを知りました。

ブラジル人からは、「日本語は数の数え方が難しい。人はひとり、豚は一匹、馬は一頭」とのこと。調べてみるとこの助数詞は約500もあります。日本人の私でも数え方が分らない事例をいくつも自覚しました。

Fogo Amigo とは?

文化的にショックを受けたのが、ポルトガル語の″Fogo Amigo フォゴ(火)アミーゴ(友人)″という言葉です。これは戦争で使われ、「意図的あるいは意図していないにもかかわらず、味方(友軍)からの誤射(誤爆)行為」です。日本語でこれと正確に該当する言葉はありません。後方の日本軍が前方の日本軍を誤射(誤爆)して死亡させたなどとは、遺族にとても説明できません。以前見た映画で、「今から突撃するから援護射撃(砲撃)頼む」という場面がありましたが、この言葉を知ってから戦争の悲惨さをさらに痛感するようになりました。

日本から出張して来た役員・部長クラスが、自分の部下のプレゼンに対してサポートするのではなく、「そんな説明では判りにくい、理解してもらえない。話にならない」と厳しく叱る場面に遭遇し、ブラジル人の仲間達が、「これはFogo Amigoだ!」と日本人に分らない言葉で話し合っていました。

後日ですが、英語でほぼ近い言葉があり、「Friendly Fire」ということを知りました。

4.とくに伝えたい事: ブラジルで仕事をする際の注意点

(1)ブラジルは裁判大国&疑わしきは労働者の利益に

世界における労働法の原則は、″法律は秤(バランスが取れている)″です。しかし、ブラジルの労働法は労働者が有利で、疑わしきは労働者の利益になります。またブラジルは裁判大国で進行中の訴訟は約1億件、そのうち労働裁判は約1千万件です。

労働者が原告の場合、訴訟費用は免除、弁護士は成功報酬、労働者はすぐ裁判に訴え、労働者は有利です。第一審和解が約半数、その後第三審までですが、判決まで約4.5年もかかります。

(2)現地メンバーとのコミュニケーションでの留意点

  • パワーハラスメント
    日本以上にかなりシビアな対応が必要です。人前で叱らない
    (とくに感情的に叱るのは厳禁)、裁判所に訴えられます。
  • セクシュアルハラスメント
    日本と同程度の対応が必要です。女性を褒めることは良いケースが多いお国柄です。ただしアメリカからの出張者(アメリカ人女性)には細心の注意が必要です。間違っても気安く褒めてはいけません。
  • マタニティハラスメント
    厳禁で、女性の妊娠は皆でサポートするのは日本以上です。
  • 障害者・ディスエイブルド者対応
    日本よりはるかに親切、皆でサポートします。

5.最後に

地球の正反対側に位置する異文化、親日の国、サンパウロで私の会社人生の3分の1以上を有意義に送らせていただきました。自分の視野の拡大、物の見方もいろいろ勉強させて頂きました。大切な人生、単一民族で島国の日本から離れて海外で生活することは貴重な経験であり、今後の日本の発展に必要なことであると思っています。