はじめに
私は人生において15年強の海外在勤生活を経験させていただいております。
地図を開くとなぜか日本からはすべて西の方面となっていた事に、この寄稿執筆を機に再認識しています。 イギリス、アラブ首長国連邦、トルコ、南アフリカ、エジプトといった国々。 そして、大学受験時代もお世話になっていた易学の分かる方からも“西に行くことになる“と言われ、やはり実家の愛知県より西の兵庫県へと、西側への縁はそのころからだったのかと今さらながらに思います。
私からの現地レポート、御笑覧いただければ幸甚です。
エジプトはやはりコレから
![]() |
![]() |
|
あまりにも有名なギザのピラミッドとスフィンクス |
|
私がはじめてエジプトの地を訪問したのは1993年でしたので、30年強経ちます。そして、今またエジプトで多くの時間を過ごしています。サブタイトルの諺通りで、またナイルへ戻って来た訳ですので、ナイルの水を飲んでいたという事になります。
もちろん、普通にナイルの水を飲んでいたら、今頃は腹痛と感染症にかかってこの世では生活出来ていないかもしれませんが、それくらいナイルのナマ水は危険だそうです。
さてこのナイル川、距離にして6650キロメートル、札幌からシンガポールの距離6000キロよりも長いのです。 アフリカ大陸のなんと10もの国々にまたがって流れている川ですから、世界最長河川です。
エジプトのイメージと言えば、砂漠そして、間違いなくほとんどの方々はピラミッド、スフィンクスと言った歴史遺産を挙げられると思います。 そして、イギリスなら英国、エジプトは漢字で書くと“埃国”です、埃が多いのも事実で砂漠の国とも言えます。
ピラミッドの写真は上の写真のとおり、砂漠の中にいきなり岩の山が!?となりますが 実はそうではありません。4500年も前に建てられたとされるギザにあるピラミッド、この砂漠の中でどのやってあのような大きな石が運ばれたのか? それは謎でもなく実はナイル川が運んできたようです。
その昔、ナイル川は氾濫を繰り返し、辺りはそのお陰で実は肥沃な土地を形成しています。河川氾濫の時に岩がゴロゴロと運ばれてきたという事もあり、それを王様のお墓として積み上げたのが正解の様です。そこからエジプトはナイルの賜物と言われ、肥沃な土地から農業が盛んとなり、栄華を誇ったわけです。
![]() |
![]() |
![]() |
陶磁器はエジプトから伝わった
私たちが日常使いや特別なものとして接するやきもの、陶磁器、タイルはやはりエジプトから伝わったものの様です。世界最古のピラミッドと言われる、サッカラという地域にある”階段ピラミッド“の地下空間にある”魂の扉“に、タイルが使われています。 その色はブルー、これは生命の色であり、王の再生や復活を願って使われたとされています。
![]() 写真;不詳公開サイトより |
![]() |
また焼き物として有名な七宝焼き、これもまたエジプトから伝わったとされますが、エジプトの博物館を眺めればそうした歴史を一気に満喫できます。
有名なツタンカーメンの黄金のマスク、あの色使いを見るとまさに魅せられる色使いと歴史にうっとりです。そしてのマスクも現在はエジプト考古学博物館に展示されていますが、これも近々オープンの日本が多大な協力をする大エジプト博物館へ移され展示されるとか。
![]() 写真;スカイバードトラベルサイトより |
![]() 写真;筆者撮影 |
実は歴史だけではないエジプト
エジプトと聞くと、歴史以外は、2011年に起こったアラブの春やテロで、危ないとの社会的なイメージがあったのも事実ですが、2016年からの政府による経済改革リーダーシップにより大きく変化をしているのも事実です。
人口増加(現在人口1億1000万人)により、現在の首都のカイロは渋滞の慢性化に悩まされており、新しい都市作りが進んでいます。 日本が大きく貢献する地下鉄網など、着実に街の変化を現すものと言えます。
郊外のニューカイロや、今、建設が急ピッチで進む新行政首都を覗いてみると、歴史の香りは全く感じることがありません。
休日にショッピングモールへ出かけ、ゴルフをしていたりすると、全く歴史を感じないエジプトですが、2023年9月末よりコロナで休止していた成田・カイロのフライトも復活し、観光客も日本から、そして世界から増加している昨今です。 悠久の歴史とゴルフ・ビーチリゾート地という、2つのお楽しみ目的でエジプトへおでかけされてはいかがでしょうか?
![]() |
![]() 写真;筆者撮影 |
|
![]() |
![]() |
![]() 写真;筆者撮影 |
|
ニューカイロ地区のおしゃれショッピングエリア 写真;筆者撮影 |
||














